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劇作家として、指導者として、戦後60年、高校演劇に愛情を注ぎ続け、高校演劇の今日の隆盛の基盤を築いてきた、全国高等学校演劇協議会名誉会長による、戦後高校演劇《私》史、前編。 |
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1945年、敗戦によって大学に復帰した著者は、翌46年からアルバイト講師として旧制中学校の教壇に立つ。その年の秋の文化祭でのクラス劇に始まって、著者は60年間、高校演劇とともに歩むことになった。何もかも手探りの中、各地で発表会が開かれ、全国的な組織が結成され、高校演劇全国コンクールへと発展する。そして、演劇のコンクールはすべての文化部の祭典としての全国高校総合文化祭へと広がっていった。 |
本書では、1977年(昭和52)までの、32年間を描く。 |
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【目次から】 |
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第一章 高校演劇事始め |
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第二章 全国組織の誕生 |
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第三章 全国コンクールに向けて |
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第四章 全国コンクールの成立 |
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第五章 三代目の全国会長として |
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第六章 全国高校総合文化祭への発展 |
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内木文英(ないき・ふみえ) |
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大正13(1924)年、東京に生まれる。
昭和23(1948)年、早稲田大学(旧制)文学部文学科国文学専攻卒業。坪田譲治、古谷網武に師事、児童文学、劇作を志す。
中学校、高等学校の国語教員をつとめるが、特にFM放送を利用した通信制の高等学校、東海大学付属望星高等学校の教育、および高校演劇に打ち込み、昭和46(1971)年から22年間、全国高等学校演劇協議会会長をつとめる。
若い人たちのための戯曲を数多く書いたが、代表的な作品に、「男の家」、「祝い日」、「あまだれ」、「ある死神の話」、「おらはおめえのもぐらもち」、「かげぼうし幻想」、「オリオンは高くうたう」などがある。 |
■主な著書に、『劇をしましょう』(小峰書店)、『内木文英一幕劇集』(未来社)、『望星高校物語』(東海大学出版会)、『私はアヒルですか』(青雲書房)、『泣き虫人生』(わこう出版社)、『止まった時計が動きだす』(東海大学出版会)、『星を望んで歩んだ道』(東海大学出版会)などがある。 |
■現在、学校法人東海大学理事、東海大学付属望星高等学校名誉校長、社団法人日本児童演劇協会会長、日本アマチュア演劇連盟会長、日本劇作家協会顧問、社団法人日本劇団協議会顧問、全国高等学校演劇協議会名誉会長。 |
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