[特集]ヌーディティ─肉体の現在 ・責任編集立木あき子 |
[座談会] |
ヌード ─ いま身体は、何を語るか |
佐藤信+大島早紀子+尼ヶ崎彬+七字英輔+(司会)立木あき子 |
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[評論] |
ヌードを脱ぐ。「男」を捨てる。=貫成人 |
現代演劇の裸体表現 ASPECTS OF NUDITY=みなもとごろう |
ダンスと裸体 ダンスへの問いかけ、裸体との境界線=佳手芙美 |
色情嗜好の苛烈=里見宗律 |
Body and Flesh in Afterculture エコロジカルな肉体表現のために=浜名恵美 |
モノとしてのヒト 現代舞踏と裸体=岩名雅記 |
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[インタビュー]5人の劇作家・演出家に聞く |
演劇におけるヌーディティの現在 |
太田省吾+坂手洋二+蜷川幸雄+羊屋白玉+清水信臣 聞き手・構成=松岡和子 |
ボリス・シャルマッツ ヌードというスタイルを超える 聞き手・構成=立木あき子 |
堂本正樹氏に聞く 伝統演劇におけるヌーディティ 聞き手・構成=大笹吉雄 |
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[アジアのシェイクスピア]2 インド |
『フォーク・シェイクスピア』 伝統的なインド演劇様式によるシェイクスピア上演について=プーナム・トリヴェルディ 訳=小町谷尚子 |
ネイティヴィズムの再生 「カタカリ・オセロ」と文化の横断=本橋哲也 |
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[劇評/書評] |
疾走するKERA ナイロン100℃「ザ・ガンビーズ・ショウ」から「フローズン・ビーチ」まで=江森盛夫 |
ドラマを探せば、そこに女性がいた ひょうご舞台芸術の試みから=畑律江 |
最近の名古屋の演劇=安住恭子 |
〈体験〉としての作品 桃園会『黒子な私』=太田耕人 |
『ストレーレルは語る』(ウーゴ・ロンファニー=著/高田和文=訳)=鈴木国男 |
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[特別エッセイ] |
テアトル・ド・コンプリシテと演劇形式としての身体=野田学 |
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[Theatre Artsin The WORLD] |
アメリカ 名作・古典の上演 ─再現と解体=戸谷陽子 |
フランス 年エクサン・プロヴァンス国際音楽祭 ピナ・バウシュ演出 オペラ『青ひげ公の城』=桂真菜 |
ギリシア ギリシア劇を野外で見る=西堂行人 |
ロシア ウラジオストクの『どん底』=中本信幸 |
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第4回AICT演劇評論賞・発表 |
第4回AICT演劇評論賞選考経過・選評 |
鴻英良氏 受賞辞退について |
第4回AICT演劇評論賞受賞のことば=小沢昭一 |
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